さてさてさて、
朝鮮人〔その民族名は中国人が付けたとされる〕は、
日本を責める時、豊臣秀吉の朝鮮出兵を上げる。
しかし、そこで忘れてならないのは、前述もした朝鮮三ヶ国の歴史なのです。
そりゃ、忘れたいでしょう、
何しろ中国人と手を組んで半島自らの文化と歴史と民族の二つの国を滅ぼして葬り去ってしまい、半島全部を中国に売ってしまったのだから。
百済の王様は、日本背う負の数十通の要望書を送ってきた。
しかし滅亡したその難民が住みついた場所はどこか?
百済難民だけで25万人
京都奈良の神社仏閣建築はじめ全国各地の寺社仏閣までが彼らの技術主導によるものを考えると、大概検討ができる
その直後、高句麗も滅びる。
高句麗最後の王さま、若光王は、大阪難波地区まで援軍を頼みに来ていた。
その時に、完全に亡国となり帰る土地もなくなった。
その若光王は、晩年は埼玉多摩地区に住み着いた。
で、歴史は流れて、
その大阪に戦国時代お城が造られた。
二段、二回に別れて作られた 難波宮の真上に。
それこそ、百済の古墳なのです。
秀吉の朝鮮出兵を、朝鮮人は責める。
新羅の子孫は責める。
それは、百済の子孫が責めてきたからである。
許せないのです。
なぜなら、
朝鮮半島に住みつているかぎり、半島は百済の子孫と言うことなのです。
その新羅こそ朝鮮半島の裏切りの戦をして勝利した民であり、
日本は百済の文化を咲かせた百済高句麗文化の象徴の国の民だからであります。
百済の怨念、高句麗の怨念が朝鮮半島に攻め入った豊臣秀吉に住み着いたのです。
だから、半島人は怖れたのです。
私は、十数年前ソウルに行った。
宮殿の前の建物の史跡はまだその時点では取り壊されていなかった。
が、そこに展示されていたものは、武寧王の遺品であった。
まさに、明治政府が、朝鮮半島を統治したのも、
武寧王の怨念だったのです。
明治政府は、半島統治した後で、
満州国を建設した。
それは何処にあるのか。
それは、古代朝鮮時代の衛満という人物と、
新羅統一に後ろ支配していた中国人が刻んだ歴史
李朝成立した 李成桂そのものが刻んだ歴史そのものだったのです。
先だって、日本に嫁いできた韓国の婦人の話を聞いた。
知人の知人です。
彼女、子供はだいぶ大きくなっていますが、
まだ私よりだいぶ若い。
よく韓国は
『儒教の国だから、年上に対して言葉も違い分けたりして尊重する』
とは言うが、
彼女は、違う。
旦那よりも人前で前に出るし・
日本人に対して、
『 あなた方日本人は謝って良いはず・韓国人に対しても奉仕して当たり前 』
という概念が根底にある。
さらに、在日の皆さんに対しても、どこか見下した感があり、在日の年長者、それもハルモニとかの人達に対しても、尊重の念がない態度をハッキリと示す。
なぜ、日本に嫁いできながら、そんな悲しい心持ちになるんでしょうか?
それは、
日本人ばかりか、韓半島の人達も、
〔 この数千年の、日本と韓半島で何が起きたか知らないのが原因 〕と、思われる。
よく、世界史でありがちな、戦争に勝利したものが、歴史を作り替える、と言う。
正に、朝鮮半島の歴史も、同様なのです。
韓国ドラマ で、 百済高句麗の時代劇が、日本でも借りられる。
日本人でも、朝鮮半島三ヶ国の時代があったことは学校で教わる。
〔 高句麗・新羅・百済 〕
しかし、その朝鮮半島 3兄弟の民族の国の攻防の真実は、
今でもって朝鮮人自体がみていない。
そこを、実は、いま国立大学の放送大学講座で、日本人が学んでいるのが、また面白いことです。
なぜそうなるのか?
韓半島の歴史観は、その国の民族性によるものであり、国の歴史の積み重ねの年月によるものである。
朝鮮半島は、古代朝鮮時代に、中国人 衛満によって支配された。
彼の朝鮮の王様への裏切りによるクーデターによるものである。
それが、古代朝鮮の3番目とされる、衛氏朝鮮時代なのであります。
半島の歴史は、そこから歪かに走った。
勝ったものがその歴史を作り替えてきた。
三ヶ国時代の勝利者、新羅、彼らも、歴史を都合よく変えた。
百済の王様の嘆願書数十通によって、それまでも交流のあった日本政府が援軍に駆けつけたのであるが、〔 日本人が攻め入った 〕 と書き換えたのである。
当時、アジア一番の文明を誇った百済を、中国が上手く甘言を用いてアジア征服をもくろんで新羅を味方に付けた。
新羅は、大国の欲望に従い高句麗と手を組み、百済滅亡を謀り侵攻した。
その為、百済は、日本に援軍を求めた。
百済の王様の、武寧王は、日本の北九州生まれであります。
それだけ結びつきがある両国は、一つになって中国の大陸制覇の片棒を担ぐ新羅と戦った。
しかし、百済の日本は 敗戦した。
ちなみに、日本人は当時の国を自国の歴史の授業でも 〔倭の国〕
と言うが、
〔倭〕とは、当時の中国人が、日本人を蔑称し名付けた国名・民族名なのです。
そんな、お天気な民族日本は、
三ヶ国時代に勝利した新羅の歴史観をそのまま許してきた。
勝った新羅が正義なのです。
負けた百済とその後もう一度の歴史で亡国となった高句麗を応援し、両国の難民30万人を受け入れた国の日本は、憎き国の民となったのです。
そう位置づけて置かなければ、新羅国家の半島の歴史は正当化されないのです。
その後の、半島と日本の歴史総てがそのところの歴史観の歪みから来るのです。
百済の文化は、奈良や京都を中心とする日本の歴史の隆盛を産みました。
建築技術での神社仏閣のほとんどが彼らの手によるものだからですし、
仏教を伝えたのも彼らによるところが大きいですし、
磁器陶器とかの文化の中心も彼らによるものです。
新羅の子孫の国の人達にしてみれば、
滅ぼした筈の百済と高句麗の子孫を受け入れた国が、
亡命者の技術によって隆盛をなしているのだから、おもしろ筈がないのです。
日本は滅ぼされた国、百済の位置
なんです。
彼らは、新羅の位置なんです。
さらに、李氏朝鮮成立も中国のアジア征服に従った李成桂に因るものだから、
朝鮮の歴史は朝鮮人の大国主義の、中国系朝鮮の歴史なのです。
いまの中国でも継続している様に、
中国はアジア全土を手中に収めようとする血が根底に流れています。
いまのチベット問題にしろ、先年の香港吸収にしろ台湾対策にしろ。
そこの中国人の血の有り様を、見極めるもう一つの地域こそ、
朝鮮半島の歴史であり、三ヶ国を滅ぼした当時30万人を受け入れた日本の歴史なのです。
さらに、〔弥生人とされる人種が何処から来たのか〕
それこそ、中国と朝鮮半島の争いの絶え間ない歴史抜きには語れないのです。
さてさて、だから今、放送大学講座でも、少しばかり学べるので、ぜひお奨めしたい講座なのです。
《 自分に妻や子供がいながら、余所に派手な女性がいたら手を出す 》
正力松太郎氏が亡くなって以降の、巨人の体質そのものじゃないか。
日ハムの選手会長だった選手。
オリックスの選手会長だった(谷)選手。
ソフトバンクの選手会長だった選手。
ロッテの1地番バッターの核弾頭だった選手、
今年は、ヤクルトの4番とエース・・・・・・・・・・・・。
各チームも毎年選手の入れ替えはするが、
巨人と他球団の違いこそ、経営者の心情と思想です。
だから、その経営者の良くない部分の思想をもろに影響を受けるのが選手であり、大概移籍してきた選手は成績を残せずに、腐ってしまう。
で、再移籍した球団でまた蘇る、選手が巨人に移籍した選手に多い傾向がある。
そとに綺麗で派手な人がいたら、手を出して盗む。
坊主になって、野球界から粛正しなくちゃならない人達は、別にいるはずです。
二岡選手は、学生時代、地元貧乏球団の広島カープから援助金を受けていた。
それなのに、巨人に入った。
それから、彼の人間としての成長はあったのだろうか?
あまりにも軽率な行動は、巨人入団時に広島を袖にした行動と、
今回の件で奥様をないがしろにした行動と、重なる。
巨人という球団は、他球団の4番とエースをごっそり抜いて奪ってくることを毎年繰り返してきた。
球団代表は、優勝する為に、毎年不足する部分を補う為に即戦力を獲ってきた様に言うが、
それは表向きで、力を付けてきて目立つ戦力がある球団の4番とエースを引っこ抜いて、対戦チームを壊す為、FA制度を使っているに過ぎない。
だから、いつまで経っても長い展望を持ったチーム造りが出来ないのです。
今回の不倫に走った二岡選手。
二軍で何を学んだんだろうか?
一軍で活躍していた時代に何を得たのだろうか?
《 所詮は 盗みか 》《 崩壊か 》
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人生ウン十年、社会人となってウン十年
迷い、彷徨い 決してストレートに歩んできた訳じゃない
教科書にある様な人生は、歩んでこなかった。
自分の意図しなかったいまもある。
人生設計なんて遠い昔。
公務員じゃない民間人の人生
でも、これって、アジアの各民族が歩んできたことでもある、と思う。
☆ 日本人の先祖は弥生人という渡来人であり、かつ百済人。
☆ 朝鮮半島の先祖は、
箕子古代朝鮮は中国によるものであり
燕から亡命してきた衛満という中国人が半島を支配した古代朝鮮の歴史を持つ。
だから、いま、その直前の檀君朝鮮の民話を元に描かれた
《 大王四神記 》というドラマが産まれた。
◇ 極東アジア人、それは共に兄弟なんです。
その兄弟各民族がどちらの方向に向かうのでしょうか。
何の光りを求めて。

